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教育の難しさ

執筆者の写真: フミコフミコ

最近、私が行っている学童で、自主学習ノートのシール集めを頑張っている子供たちがいる。


ご存知の通り、自主学習ノートは「自分で学習を進めるノート」である。シールを集めるのが目的のノートではない(はずと思っていた)。


しかし、シールが溜まっていくことを学校の先生や親が「すごいね」「えらいね」と褒めていれば、自主学習ではなくシール集めが目的になってしまうのは当然だ。


「自主学習の意味とは?」と思った矢先、1人の子供がノートのページを進めるために、ページの真ん中に横線を1本引き、区切られた上下に一文字ずつ簡単な漢字を書き、「漢字練習」としてあっという間にページを埋めたのだ。


「目的を果たすためにはどうすれば良いか?」を考え、実行することができている。しかも効率よく。


まったく何の意味もないわけではなかったのだ。学校で習うことを勉強するのも大切だけど、こうやって効率化を自然に学べているのだ。


「自主学習ノートの使い方はこうだ」と思いこんでいる自分が少し恥ずかしくなった。やはり子供は天才なのだ。凡人にする教育を大人がしてはダメだと感じた出来事だ。

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