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執筆者の写真フミコ

毒親について考える


最近、メディアでも見る頻度があがってきたように思うこの言葉「毒親」。色々な文献を読んでいても、「自分の親もそうかもしれない」「自分がそうなっているかもしれない」と思い声をあげる人が増えてきていると感じます。

今日は、毒親について話してみたいと思います。


まず、毒親の主な特徴としてあげられているのは、次の通りです。

1.虐待

これは言うまでもなく、子供に対する「いじめ」です。暴力などの身体的なものだけでなく、言葉などの精神的なものも含まれます。


2.ネグレクト(育児放棄)

適切な子育てをしないことを指します。意図的なのか無意識なのかに関わらず、子供に悪い影響を与えることに間違いはありません。幼い子供であれば死に至るケースもあります。


3.過干渉

子供を自分の持ち物のように扱い、コントロールしようとすることです。子供に「ああしないさい」「こうしなさい」と言うのは、度が過ぎると子供の思考や価値観を奪うことにもなります。悪いことをした子供を注意するのは必要なことですが、大人の価値観の押し付けになってしまうこともあります。


4.過保護

必要以上に子供を守ろうとすることです。これも度を超すと、子供は自分で物事を決めたり判断したりする能力が育ちません。自立できないまま、親の言うことを聞くしかない大人になってしまいます。


これらが問題なのは、親にその自覚がないことだと思います。そのため、子供や第三者の意見を聞こうとしません。子供が抵抗したり拒否したりすると、「これが愛情表現だ」「この子は悪い子だ」と言わんばかりに行為が悪化する親もいます。


親子関係だけにとどまらず、兄弟や姉妹、親戚など、身内間で繰り広げられるパターンもあります。

単に自己表現が苦手というだけの場合もありますし、本来はそんなこと微塵も思っていないのに、自分が満たされていないことへの八つ当たりとして、言いやすい身内、自分より弱そうな身内に、やり場のない気持ちをぶつけている場合もあります。


そして、メディアで取り上げられるようになった影響なのか、される側も些細なことで被害者になった気になりやすいことも問題かもしれません。



血がつながっているからといって、必ずしも心もつながっているわけではありません。

あれこれ言われて傷ついたことを相手に伝えても、やめてくれないようなら距離をおくしかないのかもしれません。

なぜなら親は、子供が「自分に命と身体を与えてくれた人だから」と思うところにこそ、つけこんでくるものですから。



冷静に考えてみましょう。たとえどんな関係でも、自分以外は「自分とは別の人間」です。



私は自分以外の人間は肉親であってもみんな「他人」だと考えています。その方がほどよい距離をとれるので、遠慮も生まれます。お互いを思いやれる距離は、身内より他人である方が良いと考えるようになってから、楽になりました。


そして、カウンセラー目線で見ると、親もまた、既成概念や価値観という枠から出られずにもがいている一人の人間なのだということがわかります。


ただ、その価値観で生きてきたという年月が長いほど、その価値観を変えることにも時間がかかるようで、簡単にはこちらの意見を受け入れてもらえません。

「考え方の違い」を「間違い」と受け取ったまま、違いを理解しようとしてくれないのです。高齢になればなるほど、意固地になる人もいます。本当に困ったものです。


自分はそうならないように気をつけよう、いくつになっても素直な自分でいたいと思う今日この頃なのであります。

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